荒野草途伸ルート >> 荒野草途伸独自小説 >>職業:義理姉;>>3話
3.
 
 親愛。友愛。家族愛。恋愛。兄弟愛。博愛。母性愛。父性愛。溺愛。性愛。
 とりあえず、愛の付く言葉を列挙してみる。先程奥倉さんに言われて、ずっと考えていた。愛とは何だろう。僕の求めている愛とは何だろう。そもそも僕は愛を求めているのだろうか。
 一晩中考えてみたけどわからない。そもそもこんな哲学的な問題、一介の3流大卒の自分が突然考え出したって、簡単に答えが出るはずがない。少なくとも一人では到底出せやしないだろう。
 そこで友人を頼ってみることにし、夕べ電話をしてみた。
「おお、加藤か。ちょっと折り入って相談がある。」
「おおなんだ織池よ。投機資金の貸し出し以外のことなら相談に乗るぞ。」
「お前、愛知県出身だったよな。」
「ああ。トンカツに白味噌がかけられていたらブチ切れるくらい愛知県民だ。」
「だったら。愛について教えてくれ。」
「は?」
「は? じゃねえよ。愛について教えてくれ。愛知県出身なんだから、当然愛についてたくさん知っているんだろう。」
「織池よ。お前の愛すべき点は、その恐ろしいまでのお馬鹿な着想力だ。残念ながら俺が教えられる愛といったらこれくらいだ。これ以上を知りたいのだったら、仏閣かキリスト教会にでも行くんだな。」
 そう言って電話を切られてしまった。正直あまり期待はしていなかったので、さほどショックはない。
 
 さて。思考を切り替える。僕が欲しい物は何か。愛か? それはわからない。ただ一つだけ確実に言えることがある。それは、僕は姉が欲しいということ。
 では、何故姉が欲しいのか。実はそこがよくわからない。何か理由があって姉を欲しているはずなのだが、考えても考えても思考にもやがかかってしまい、その理由にたどり着けない。だから、それがいわゆる愛故のものなのか、それすらもわからないのだ。
 だけど。奥倉さんの言うように、本気で「姉」が欲しいなら、何らかの愛が必要になる。定義付けされた愛が。それを見つけなければならない。そしてそれを元に、下田さんを説得しなければならないのだ。
 下田さんを。
 今、少し思考に引っかかる物があったが、大したことではないのだろうと思い特に気にも留めずやり過ごす。そして思考は、もう一人の相談相手の方向に向かっていった。
 気がつくと外は白んでいる。もう朝だ。時間的に少し早いが、メールを出しても特に失礼に当たる時間ではないだろう。
 携帯電話を取りだし、昨晩交換したばかりの奥倉さんのアドレスを探し出す。携帯メールは文字入力がしづらいので正直な話PCメールの方が自分としてはいいのだが、携帯でメールのやりとりをするというのが世の中の主流になってしまっているので、不本意ながら従わざるを得ない。
『相談したいことがあります。いつでもいいので、お時間いただけますか?』
 5分ほどして、返信が来た。
『いいよ。今征子の家にいるんだけど、こっちに来る? それともあたしが行こうか?』
 下田さんの家にいたらしい。朝まで二人で飲んででもしてたんだろうか、と邪推をする。なんにせよ、とりあえず今は下田さん抜きで相談がしたい。
『来ていただけるとありがたいです。実は、下田さんとは同じマンションに住んでいるので、すぐに来られると思います。603号室です。』
 OK、という返信が来たのはやはりまた5分後だった。
 
「こんな朝っぱらから自分の部屋に女の子連れ込んだりして。いけない子だねえ。」
「いや、あの。」
 部屋に来た奥倉さんが開口一番発した台詞はそれだった。昨日の今日で知り合ったばかりの相手でまだどんな人柄なのかもよくわかっていないのだが、ちょっと一筋縄では行かない人なのかもしれないと、その台詞で感じた。
「すみません、男の友人しか来ないので紅茶とか用意して無くて、玄米熊笹茶とかしかないですけど。それでいいですか?」
「あー・・・。いや、どうしよう。うん、・・・一応いただこうかな。」
「わかりました。」
 僕は、湯を沸かし、玄米熊笹茶を煎れてテーブルに持って行った。
「どうぞ。」
「ありがとう。・・・で。相談したい事って何?」
「あ、はい。実はですね。・・・奥倉さんが下田さんの友人である事を見込んで、お願いがあるんです。」
「ほう。」
「ご存じの通り、僕は下田さんに、姉になってもらいたいんです。」
「ほうほう、それで?」
「でも、何故か下田さんはそれを承諾してくれません。」
「何故か。何故かと来たか!」
「そうです。理由がわからないんです。」
「理由。理由ねえ・・・。」
 うーん、と言いながら奥倉さんは考え込んでしまった。
「あたしからしたらむしろ、あんたが征子を姉にしたい理由の方がむしろ知りたいんだけど。」
「それは・・・なんかしっかりしてそうだし間違いなく頭は良さそうだし、直感的にこの人なら僕の姉にふさわしいんじゃないかと。」
「直感かあ・・・。そうか。」
 腕組みをしながら、奥倉さんは首を振っている。僕の意見に否定的らしい。
「あたしから見れば、征子は妹キャラなんだけどなあ。」
「え、そうなんですか?」
「兄とか姉がいるって意味じゃないのよ。あくまであたしの主観。」
「はあ。」
「良く出来た子なんだけどなんか放っておくと心配になるタイプって言うか。そう感じさせるものがあるのよねえ。あたしからすればだけど。」
「人によって見方は違うものなのですね。」
「まあ、そりゃ当然でしょ。」
 奥倉さんはお茶を一口含んでから、言葉を続けた。
「でも、そうなると、あたし達3人姉弟って事になるのかしら。もし本気であなたが征子を姉にするつもりなら。」
「え、そうなりますか?」
「だって、征子はあたしにとって妹的立場な訳だし。その征子を姉にするあなたは弟でしょ。それはあたしから見ても弟も同然。」
「あの。お言葉を返すようですが、僕は『立場』とか『同然』というのでなく、本物の姉が欲しいんです。法的な裏付けのある。」
「法的な裏付け。それがそんなに重要?」
「重要ですよ。だって・・・」
 だって。その後に、言葉が続かなかった。漠然とした理由は頭の中にあるのに、それがちゃんとした言葉になって口に出てこなかった。僕は沈黙してしまった。そんな僕に助け船を出すように、奥倉さんが口を開いてくれた。
「ま。とりあえず理由はちょっと脇に置いておくとして。」
「・・・。」
「まずは、征子と仲良くなろうか。」
「え?」
「だって。あなた、ほとんど初対面の状態でいきなり征子に『姉になってください』って言ったんでしょ。それはいくら何でもむちゃくちゃだって事ぐらいは、わかるよね?」
「は、はい・・・。」
「だから。姉同然にしろ法的裏付けのある姉にしろ、まずはその姉にしたい征子と仲良くなるところから始めなきゃ。」
「そうですね。」
 本当にその通りだ。僕はとんでもない順番間違いをしていた。
「じゃあ。早速、征子をここに呼ぼうか。」
「え。ええ!? 今ここにですか?」
「そう。善は急げって言うし。それに折角どうせ同じマンション住んでるんだから、とっとと呼びつけた方が話早くていいでしょ。」
「そ、それはまあその通りかもしれませんが・・・。」
「それとも何、征子をこの部屋に呼べない理由でもある? あたしは部屋に招き入れておきながら。」
「いや、それはですね。」
「もしかして・・・実は征子は口実で、本当はあたしを狙ってたとか・・・?」
 流し目をしてくる奥倉さん。その視線にどぎまぎして、僕は言葉が出なかった。
「・・・なによ。そこで気の利いた台詞の一つでも返してくれればいいのに。」
 奥倉さんは少し不機嫌な顔をした。
「・・・すみません。」
「まあ、謝る事じゃないけどね。でも、そう言うのも訓練しといた方がいいよー。」
 そう言って奥倉さんは形態を取りだし、電話をかけ始めた。下田さんにかけているのだろうと思い、僕は黙ってそれを待っていた。下田さんはなかなか電話に出ないようだった。1分ほど経っただろうか、奥倉さんはあきらめた表情で携帯の終了ボタンを押した。
「ごめん、征子出ないわ。寝てるのかも。」
「はあ。」
「夕べはちょっと飲み過ぎたのかもねー。二人ではじけすぎた。」
「そうなんですか。・・・あ、あの、奥倉さんは大丈夫なんですか?」
「あたし? うん。あたしはね。実は、眠い。」
「ええっ。そうだったんですか。済みません。そうしたら早く。」
「うん、寝た方がいいよね。」
「はい。なので今日はもう。」
「ここで睡眠を取った方がいいよね。」
「はい。・・・はい?」
「どこか寝る場所無い? あー、こういうとき男部屋って適切なものが無くていやよねー。しょうがない、もう布団借りよう。布団どこ?ちゃんと干してる?臭くないよね?」
「あ、あの、あの、あの。」
「お、この部屋だ。じゃあ、借りるね。いいよね?じゃあお休み。」
 そう言って奥倉さんは寝室に入り、戸を閉めてしまった。後に残された僕は、ただただ呆然とするしかなかった。
 
 
 
 昼過ぎになって、ドアホンの音がした。応対用の受話器を取ると、相手の人は下田と名乗った。声ですぐ、下田征子さんだとわかった。僕は飛ぶようにして戸口に駆けていった。
「下田さんが僕の家に来てくれるなんて感激です。」
「・・・感激するようなことなの?姉が弟の部屋を来訪するというのは。むしろ普通、嫌がるものだという風に世間話では聞くけど。」
「その言い方・・・もしかして僕の姉になることを承諾してくれるということですか?」
「・・・違うわよ。ただ、有香を回収しに来ただけ。」
 そう言われて、僕は奥倉有香さんが自分の部屋のベッドで寝ていることを思い出した。数秒ほど忘れていた。
「有香はどこ? 物音がしないから、まだ寝てるの?」
「奥で寝てます。ついでにいうと僕の部屋の僕のベッドです。でも僕はそこでは寝てません。変なことは一切してません。」
 追求される前に、釘を刺しておく。
「変なことというと?」
「え・・・まあ、そりゃあ、あれですよ。寝てる間に額にシンボルマークになるような一文字を書いてしまうとか。」
「・・・それくらいだったら、むしろやってほしかったくらいだわ。」
「そうなんですか。肝に銘じておきます。」
 とてつもなくバカな会話だ。でも、そんな会話ができること自体、昨日までの下田さんの態度から考えればちょっと奇跡に近い。警戒心があったら、こんな会話は成り立たないのだから。
 そういう意味では、やはり奥倉さんには感謝すべきなのかもしれない。・・・ちょっと迷惑ではあったけど。
「・・・汚い部屋ねえ。」
「そうですか? 物が多いだけでそんなに汚いとも思いませんけど。平均的独身男性の基準よりは遙かに綺麗だと思いますよ。」
「ああ、そうね・・・。なんか無駄に、コンピュータとか電子機器のたぐいとか置いてあるのが目に触るのね。あれ、使ってるの?」
「大半は静態保存状態です。」
「せ、静態保存?」
「とりあえず使っていないので電源を入れることも滅多にないけど、一応使える状態で保存していることです。元は鉄道用語です。」
「そ、そう。勉強になったわ。・・・で、有香は静態保存してるの?」
「スイッチ入れればすぐに動くと思うので、動態保存だと思います。ただ、そのスイッチの入れ方を僕は知りません。」
「わかった。そこは私が何とかするから。部屋に案内して。」
 僕は、本来なら僕の寝室である部屋の扉を開け、下田さんを招き入れた。下田さんは中に入っていき、いきなり奥倉さんを蹴り上げた。
「痛ッ! ・・・こら誰だ、寝ているおねーさんを蹴ったりするのは!」
「恋人でも弟でもない男性の部屋にずかずか上がり込んで爆睡こいてる不届きな女を懲らしめるためにやってきた正義の味方です。反省しなさい。」
「えー・・・? ・・・あ、じゃあ、弟の部屋だったらいいんだ。」
「確かに家族間のプライベートな問題にまで私は干渉するつもりはありませんが。しかしここはあなたにとって赤の他人の部屋です。今すぐ撤収を命じます。」
「赤の他人じゃないよお。夕べもう友達になったし、それにもしかしたらあたしの弟になるかもしれないんだから。」
 爆弾発言。その弟になるかもしれないというのは、当然自分のことを言っているのだろう。だが僕は、そんな話は聞いていない。・・・いや違う、朝、ちょっとだけそれっぽい話をこの人が口にしていた気がする。
『でも、そうなると、あたしたち3人姉弟ってことになるのかしら。もし本気であなたが征子を姉にするつもりなら。』
 なんだろう。それはもしかして、奥倉さんが僕の事を支援してくれるという好意的な意思表示と受け取っていいのだろうか。それともただの、酔いの抜けていない二日酔い女の戯言か。
 そして下田さんは、その言葉に躊躇したのか、少し冷や汗でも出しそうな雰囲気で黙って奥倉さんを見ていた。
「ということで。征子、この件で少しだけお話ししようかあ。ちょうどいい具合に、当事者3人がそろっているわけだし。」
 元々当事者は僕と下田さんだけだったはずなのにいつの間にか当たり前の顔して当事者面してるよこの人、と突っ込みたくなったが、今の奥倉さんが作り出している状況は僕にとって決して不利な状況ではないので、あえて黙っておくことにした。
 
 
 
 
 テーブルに、当事者3名がつく。これから重要な会議が始まる。家族会議。・・・というのはちょっと語弊がある、まだ家族でも何でもないのだから。だが僕の立場からすれば、それはそうなるために持って行くための会議なのだから、そう呼んでも差し支えはないだろうと、勝手に頭の中で決めていた。
「さて。」
 最初に口を開いたのは奥倉さんだった。主導権はいきなりこの人に握られている。
「朝も訊いたけど、英哉君が征子を姉にしたい理由、それをもう一度説明してくれるかな?」
「えっと・・・。それは、僕の中に理想の姉の姿というものがあって、頭が良くて気が強くてでもほんとは優しいとか、そういう条件に下田さんがぴったり当てはまるんじゃないかと思って。あ、そう思ったのは完全に直感になるんですけど。」
「・・・。」
「ふん・・・。なるほどね。じゃあ次に、それは、『お姉さんみたいな友達』とか『義兄弟の契り』とか、そういうレベルじゃダメなの? 法的裏付けがゼッタイほしい?」
「そうですね・・・。だって、現代社会において家族関係を定義するものは法的に裏付けられた戸籍制度ですし、本物の姉を求めるんだったらここを触るしかないと思います。僕が欲しいのは遊びや冗談ではなく、あくまで本物の姉なんですから。」
「遊びや冗談じゃない、かあ・・・。」
 奥倉さんは、そこで少し頭をかいた。
「よし、もう一点大事なことを今確認しておこう。・・・と、その前に一つ、現実的なことを確認しとく必要があるか。」
「現実的なことと言うと?」
「今の世の中、『現実的なもの』と言ったらいの一番に来るのはあれでしょう。オカネ。征子に仮身戸籍の作成を依頼し、さらには征子に姉をやってもらう。それには相当なお金がかかることは当然わかると思うけど・・・。あなた、それだけのお金は持ってるの?」
「はい。」
「・・・即答できたわね。不躾だけど、いったい幾らあるの?」
「即座に動かせる現金でしたら100万ちょっとあります。有価証券などを処分すれば、300万くらいには。永久に契約するのにはとうてい無理でしょうけど、短期間の契約には十分な金額ではないですか?」
「・・・へえ。年の割に、結構溜めこんでんだ。」
「『お金のかからないこと』を趣味としてますので。自然とお金は貯まります。」
 下田さんの表情が、ちょっと変化している。現実問題としてお金に事欠いている身としては、この金額は相当魅力的なものに映るのではないか。札束で顔をひっぱ叩いているようでちょっと気分が悪いが、心境に変化をもたらすには効果があったようだ。
「そうかあ。じゃあねえ。」
 奥倉さんが言葉を続ける。
「そのお金。あたしにちょうだい?」
「「はい!?」」
 僕と下田さんと、同時に大声を上げてしまう。
「だって征子は、どうも英哉君の弟になるのに乗り気じゃないみたいだし。だったらあたしがその何百万かで英哉君の姉になってもいいわけでしょ? 征子には、仮身戸籍の手続きをする際の手数料として30万なりが入るわけだし。英哉君には念願の本物のお姉さんが手に入る。これぞまさに、3者WinWinってやつじゃない?」
「そ、それは・・・。」
 下田さんが言葉に詰まっている。僕も、返す言葉がない。だが、納得しているわけでもない。
「・・・ま、急に言われて納得できるものでもないわよね。あたしも、今思いついたことだし。」
「こいつは・・・っ!」
 下田さんがきっと、奥倉さんを睨みつける。
「まあまあ。話し合いの場なんだし、そういう場で出てた一つの提案って事で。」
「・・・でも。その話だと、奥倉さんは僕の姉になることにあまり躊躇はないということですか?」
「うーん・・・。無いことはないけど、考えてもいいかな、って気はする。英哉君かわいいし。」
「そ、それはどうも・・・。」
「でもね・・・。一つ懸念点があるのよ。さっき言いかけたことでもあるんだけど。」
「何ですか?」
「専門家じゃないから征子の受け売りになるけど・・・。仮身戸籍っていうのは、一応オモチャじゃなくて正式な法制度の一環なのよね。だから、一度そこでできてしまったものは、厳格な法律の制約をいろいろ受けるわけ。」
「はい。それは一応理解してるつもりです。」
「でね。日本の法律ってのは、一度血縁関係や姻戚関係になった人間同士は、結婚できないことになってるのよ。たとえそれを解消状態にしたとしてもね。」
「え。・・・そうなんですか?」
「そう。これは、実身仮身戸籍が導入されるより以前からの、日本の民法典で決まっていることなの。」
 下田さんが付け加えてくれる。
「だからね。こういう事言うと、ちょっと自意識過剰かもしれないけど・・・。もし英哉君が私のことを、姉として以上に好きになってしまっても、仮身戸籍で姉弟関係を定義してしまっていたら、それはもう取り消せないのよ。もちろん逆もしかり。」
「・・・。」
「だからさ。あたしとしては、英哉君が本当に征子のことを姉としたいのか、それとも恋人にしたいという気持ちが少しでもあるのか。そこら辺を確認しておきたかったわけだな。」
「それは・・・。」
 突然、そんなことを言われても困る。というか、そんな事言われたら今までそんなこと意識していなかった感情が、なんだか首をもたげかけてくるみたいになってくるじゃないか。
「・・・。」
「・・・ま、簡単に答えられる問題じゃないよね。」
「僕は・・・どうすれば。」
「だから。すぐに結論出さなくてもいいんじゃない? それに朝言ったでしょ。まずは征子と仲良くなろう、って。その上で、自分が本当は何を望んでいるのか、しっかり考えた方がいいんじゃない?」
「・・・そうですね。その通りだと思います。」
「よおし。素直でいいね。」
 そう言って奥倉さんは立ち上がり、そして下田さんの肩に手を置いた。
「征子は。英哉君とちゃんと仲良くしてあげるんだよ。いろんな感情はとりあえず抜きでね。」
「う、うん・・・。」
「ってことで。今日はとりあえずお開き。次回は来週って事で。解散!」
 がたがたと、3人とも立ち上がる。と、そこで僕と下田さんの二人は気づく。
「え? 来週?」
「そ。来週もまたここに集まるから。今度は土曜の夜がいいなあ。ゆっくりできるから。」
「ちょ、ま・・・。」
「仲の良くなった3人が週末に集まるのよ。別に不思議じゃないというか、あたし的にはむしろ当然のことだと思うんだけどなあ。」
「いや、でも、それは・・・。」
「じゃあ、今まであたしが仲立ちして決めたこと、全部白紙撤回する? 完全自力で征子と仲良くなる?」
「それは・・・。でも、下田さんの都合だって。」
「征子はどうせヒマよ。仕事無いんだから。」
「それ・・・ひどい・・・。」
「まあまあ。ご飯おごってあげるから。今はそういうの助かるでしょ?」
「うん・・・。」
 お金関係のことになると、下田さんはとたんに劣勢になる。
「てことで。来週の21時、ここに集合。あたしと英哉君は、食料と飲み物を準備しておくと言うことで。OK?」
「あ、僕も準備するんだ。」
「当たり前でしょ。あたしがあんたにまでおごるとでも思ったの?」
「いえ。滅相もありません。準備させていただきます。」
 3人の力関係は、このときすでに固まり始めていた。
 
 
 
 
 
 
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