やきたての天ぷら−その後


 それは、梅雨も終わりに近づいたある日のことだった。私が夕食の入手先と している某Aマントに、S氏がやってきた。
何も驚くには当たらない。彼の食生活は全国下宿大学生基準に準拠したもので あり、よって彼はいつもおなかをすかせている。そういう意味では、彼は私の同 志である。
 ところで、その日の彼はいつもと様子が違った。何か妙にそわそわしている 。・・・ははあ、さてはトイレだな。全く、そんなものは店くる前に済ませて置 けよな。とは、勤務中だからさすがに言えない。まあ仕方ないから、ほっといて 仕事に専念することにした。
 そして勤務時間が終わった。私は彼を置き去りにして立ち去ることにした。 しかし何も言わずに帰るのもあまりにむごいので、一応声だけ掛けに行ってみた 。すると彼は、なにやら得体の知れないものを渡してくるではないか。
 ・・・!何こいつ、何この包み!この大きさといい形といい・・・まさか、 塩化ナトリウム爆弾?!
そうか、こいつ人の良さそうな顔して、実はCIAの工作員だったんだな。・ ・しまった、私はこいつをすっかり信用してIABPの重要機密をいくつかしゃ べってしまっているぞ。何という不覚、世の中に信じられるものはもう何もない ・・・・
 ・・・・落ち着け、気取られては行けない、スパイに弱みを見せると、ろく な事がないのだ。そう考えて、私は冷静に聞き返した。
「・・・これは、何?」
「やきたてのてんぷらだ」
・・・何?・・・・そうか、こいつ私のためにわざわざ那覇まで出向いてあの 怪しげな天ぷらを買ってきてくれたのだな。そうか、疑ったりして悪かった。あ りがとう、S。これからもお前のことは、IABPの生ける盾としてずっと重宝 していくことにするよ。
「そうか、ありがたくいただくことにするよ。じゃあね」
「・・・ちょっと待て、ここで食って行くんじゃないのか?」
「後でゆっくり食させていただくよ。感謝感謝」
「こらまていい!」
こうして私は、「やきたての天ぷら」をてに入れることに成功したのであった 。

 その日、私はすでにAマントのカツカレーを摂取していたので、新たに食物 を体内に取り込む必要はなかった。そういうわけで、天ぷらの入った包みは冷蔵 庫の中に保管された。この時期は何かと蒸し暑くて、おまけにものが腐りやすい 。冷蔵庫に入れたら冷えてしまうが、これも致し方のないことである。
 そして、翌日。私はいつものように睡眠をむさぼっていた。起きたのは夕方 であった。天麩羅。そう、天ぷらがあったんだ。これを思い出したのは、もう夜 の9時頃であっただろうか。天ぷらは、当然冷たくなっていた。しかも、買って から優に30時間は経過している。これはもはや、「焼きたての天ぷら」ではあ り得ない、少なくとも。せっかくのS氏の行為が無駄になってしまった。「やき たての天ぷら」はやはり「やきたて」の状態で食べなくては意味がない。もっと も、その「やきたて」の「やく」の意味が「約」であるなら話は別だが・・・
 それでも私は食べた。その、「3個入りゆで卵&ベーコンの天ぷら」を。
 

そういうわけで、未だに私は「焼きたての天ぷら」を食してはいないという認 識を持っている。もしかしたら、これは永遠に食べられないものなのかもしれな いが・・・


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